八ツ田和夫の苦手なこと

みかんの皮を剥くこと

八ツ田和夫とみかんの歴史は長いです。
八ツ田の祖父方の親戚にはみかん農家がいて、毎年家族だけではとても食べきれない量のみかんを送ってくれます。
11月になるとみかんの箱が届き、八ツ田家は水を飲むかのようにみかんばかりを次々と食べ続けます。
そうでもしないと箱の下の方から腐っていってしまうのです。近所の人たちにおすそ分けもするのですが、それでも全然減りません。
小さい頃はみかんを食べ過ぎて身体がみかん色になったことさえあるほどです。本当です。
八ツ田和夫は昔から疑問に感じることがありました。
家族でみかんを食べていると、他の家族のみかんの皮はひとつながりで、両手で包み込むと元の剥く前の形に戻りそうなほどキレイです。
でも、彼のみかんの皮はなぜかボロボロです。一生懸命ひとつながりの皮を作ることはできても、なぜか歪んで幼稚園児の絵のようです。
家族にいうと、お前は手先が不器用だと笑われるに決まっているので誰にもいいません。食べられれば問題ない、八ツ田和夫はそう思います。
しかし、問題は2月に届き始めるもっと難易度の高いみかんたち、すなわち、デコポン、はっさく、ネーブルなどです。
強固な皮に八ツ田はとても太刀打ちできません。ナイフを使うと必ず中身も切ってしまうのです。もちろん上手く剥くこともできません。
こればかりはどうにもならないと彼は諦めます。

思い出話をすること

多くの人のように八ツ田和夫にはたくさんの思い出があります。
彼はまだ社会人ではありませんが、ずっと昔の子供の頃のこと、小学校や反抗期だった頃のことでさえも今では懐かしく感じられます。
旧友たちや恩師のこと、部活に授業にイベントにと、楽しかった学校生活に思いを馳せることもあります。
でも、八ツ田和夫は思い出話が苦手です。
親戚や元同級生は集まるといつも思い出話で大盛り上がりします。
「そういえば昔〜」「お前は昔から〜」といったフレーズが始まるとぶるっとしてしまうのです。
もちろん彼にとって昔の思い出はとても大事なものです。
人からされる思い出話が苦手なのは、それが恥ずかしい話だったり、蒸し返されたくない話がほとんどだからです。
八ツ田和夫は少ない年月で大きく成長したと自分でも思っています。昔とは違い、今は論理的な言動ができているのです。
だから昔の自分と今の自分を同一視してほしくないのです。
みんな今の話とかもっと先の話とかだけすればいいのに、と常々思うのです。
だけど、口に出して思い出話が苦手だと言わずに、にっこりと受け流すことができるのは自分が大人な証拠であると八ツ田和夫は思っています。

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