後藤則敬の写真に捧げる人生

写真撮影に惹かれるきっかけ

後藤則敬は写真撮影が趣味です。
そのきっかけは学生時代に余った時間を利用して、全国を旅したことでした。北海道から鹿児島まで電車を使って、約一か月間転々としました。
そこで後藤則敬は、国土の狭い日本であっても実に様々な風景が至る所にあることに気がつきました。
広大な大地と牧場などが広がる北海道・白神山地などの世界自然遺産・海外を彷彿とさせる鳥取砂丘・噴煙を上げる桜島。
二つとない山、流れる川は日によって風景が違うのです。
旅はまさに雄大な自然との一期一会だと悟ったのです。
ただ、どうしても忘却してしまい素晴らしい景色がぼやけてしまうのです。
せっかく素晴らしい景色に出会ったとしても、いつか忘れてしまうのはもったいないと感じ、後藤則敬はカメラを握るようになったのです。
カメラを握ったとしても最初は思うようにうまく写真撮影できませんでした。
当然と言えば当然なのですが、自分の目で見ているような感動を写真に撮ることができず消化不良の日々が続きます。
どうすれば良い写真が撮れるか、どうすればチャンスを逃さないか、このようなことを考えていると頭の中が写真でいっぱいになり、いつしか写真で食べていくことを決心したのです。

ハプニングと転換

後藤則敬は大学を卒業後、まずは近くの工場に就職しました。
工場で働いてお金を稼ぎつつ、週末は必ず日本の各地に行って写真撮影をするというスタイルです。
一泊二日なのに北海道や沖縄にも頻繁に足を運び、貯金が月に数万円しかできないほど撮影にのめり込みました。
対象は学生時代と変わらず風景で、特に気に入ったエリアが北海道の知床です。
知床は流氷や北方領土など日本離れした雰囲気があり、多種多様な生物が山や海に生息するので、どこか神聖な空気を感じていたのです。
ある日知床で写真を撮っていると、ガサガサと音がしたと同時に巨大なヒグマが目の前に現れたのです。
知床はヒグマとの遭遇率が高いということを理解していて、適切な対処法を知っていたのですが焦って逃げてしまったのです。
ヒグマは逃げるものを追いかける習性があるので逃げるのはNGなのですが、後藤則敬は間違った行動をしてしまいました。
当然追いかけられたのですが、振り返るとヒグマは襲ってきません。
しばらく目を見つめあっていると、何とヒグマは引き返していきました。九死に一生を得た格好ですが、この体験をきっかけに自然よりも動物へ興味が移ったのです。
それから後藤則敬は動物の様々な姿を写真に撮りたいと思うようになりました。

海外へも撮影へ

後藤則敬はしばらく工場で働きながら動物の写真を撮っていたのですが、動物の写真を撮るのであれば海外も魅力的だと知りました。
ただ、海外に頻繁にいくには工場勤めでは年に数回しか行けないので、仕事を辞めました。
それは写真で食べていくという学生時代の夢を実現させるために、自分自身にプレッシャーを与える意味合いもありました。
そしてしばらく貯金をもとにオセアニアや東南アジアに行き、動物の撮影をしたのです。
しかし世界の動物の写真を撮るだけで都合良く注目されるはずもなく、伸び悩んでいました。
日本に向けて情報発信していたのですがうまくいかず、諦めかけたのです。
その一方で東南アジア現地で後藤則敬の名が徐々に知れ渡っていきました。
と言うのも、幸運にも現地の固有種に注目して撮った写真が学術的に貴重な瞬間だったらしくそれが注目されたのです。
それからは固有種を中心に撮影するカメラマンとして活躍し、貴重な瞬間を撮り続けています。
将来的には、自分の人生を転換させたヒグマを中心に撮影したいと感じており、知床に住んで毎日撮影する日々を夢見ています。
後藤則敬は自然に魅了され、ヒグマによって転換されるという忙しいものですが、充実した人生を送っています。

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