長船雅樹先生について

私は私立の美術系大学に通っていました。当時教えてくれていた先生が、長船雅樹先生です。絵画を教えてもらっていましたが、長船雅樹先生が得意なのは彫刻だと言っていました。デッサンの時に使用する彫刻作品はすべて先生が作ったもので、いつも素晴らしいなと思っていました。長船雅樹先生は、展覧会などを開催していたこともある美術家です。そこで、講義では美術館へ見学へ行ったり、展覧会に参加するなどのイベントも行ってくれました。すごく刺激になりましたし、写生会などの行事も行ってくれて、とても楽しかった思い出があります。

私も長船雅樹先生のように、美術教師になりたいと思ったことはありますが、教職課程での単位取得が一歩及ばず諦めました。将来、美術系で進むほど本気でやっていたわけでもなかったので、普通に就職しましたが、地元の美術教室で週に1度生徒さんに教えています。そこで、長船雅樹先生のような美術教師の真似事をしていますが、やっぱりあの時、本気で教師を目指していたら人生変わっていたかなと思います。長船雅樹先生は昔、私立中学で美術を教えていたそうです。でも、なかなか中学生だと本気で美術が好きな生徒はおらず、美術部はあっても部員は5人しかいなかったそうです。そこで、本気で美術が好きな生徒に教えたいと、美大に来たのだとか。助教授という位置でしたが、私は長船雅樹先生の講義を4年間受けました。関係のない単位もあったけど、すごく楽しくて刺激になる講義内容が多く、受けていて良かったと思っています。

美術教師になるには、結構な難問です。今や採用される人数も減って、かなり難しいと言われているほど。昔は、「絵が描きたいけど生計をたてなければいけないから」という理由でなりゆきで美術教師になったという方が多かったと、長船雅樹先生が言っていました。今はそんなにも甘くない時代ですから、高校や大学も公立、私立だけで全く就職先も異なります。美術教師になるには壁が高すぎる、私はそう感じました。

でも、長船雅樹先生はいつも言っていました。夢は持った方が良い、夢は何歳からでも叶えられると。「今は美術教師になるにはハードルが高い」と現実を見せてくれる先生でもあるし、いつでも美術教師になれると夢を持たせてくれる先生でもありました。専門学校や大学には、いくつになっても通えますし、私も本気で美術教師を目指したいと思った時、その夢に突き進んでみたいなと思っています。今はまだちょっと、怖いかな。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

最新投稿記事

  1. 庭野仁司は、血液型がO型、26歳の独身男性です。東京都目黒区に実家があり、父親と母親と3人で暮らして…
  2. 家族経営でスーパーを営んでいる松岡哲也氏は、3代目の経営者になりる予定です。まだまだ両親が健在であり…
  3. 村瀬孝司は今26歳です。新社会人として過ごしているわけですが、現在の仕事はと言うと、製薬会社で働いて…

アーカイブ

ページ上部へ戻る